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勉強が苦手だった親に読んでほしい『勉強するのは何のため?僕らの「答え」のつくり方』レビュー

Camel

どうも、勉強させられるのが大嫌いだったラクダ@motomotocamelです。
今も嫌いですけどね。

誰しも一度は考えたことのある「どうして勉強しなければいけないの?」という質問。
大人になった今でも確たる答えは見つかりません。

「子どもが学校に通いだしたら、絶対に聞かれるよなぁ…」
NHKの番組『ウワサの保護者会』の「どうして勉強しないといけないの?」の回を見てから考えていました。

そこで読んでみたのが、番組に出演されていた苫野一徳さんの書いた『勉強するのは何のため? 僕らの「答え」のつくり方』という本です。

哲学者であり熊本大学教育学部准教授である著者の考えは、大人になったからこそストンと腑に落ちるものでした。
わかりやすい言葉で書かれた本ですので、子どもにも説明しやすいです。

本日は、勉強が苦手だった親に読んでほしい本『勉強するのは何のため? 僕らの「答え」のつくり方』を紹介したいと思います。

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内容の紹介

意見が対立するのは「一般化のワナ」にはまっているから

教育をめぐって意見が対立する理由はなんでしょうか?

それは、私たち全員が教育を受けた経験を持っているからです。
みんなが経験者で、しかも義務教育だけでも9年も教育を受けたベテラン揃い。
楽しかった思い出も苦い記憶も、みんながそれぞれ意見があるテーマだからこそ議論が紛糾するんです。

大卒から新卒採用で企業に入った人は「勉強するのはいい大学に入り、いい仕事につくためだ」と言うでしょう。

学歴が全く役に立たない仕事をしてる人に聞いたら「勉強なんて社会では役に立たない」と言うかもしれません。

この違いは、自分の経験を基にした意見がみんなに当てはまると考えてしまうから起こります。
作者は一般化のワナと呼んでいます。

一般化のワナは教育だけでなく、さまざまな場面で使われています。
特にインターネットでは、1つの出来事が全体を表しているような表現が数多く存在していると思います。

もっと楽しい話題だと、「恋愛」についても、一般化のワナに陥りやすいです。
自分の経験だけでアドバイスをして、嫌がられたりするのは良くあります。
私もやります…

このように、教育について意見が対立してしまうのは、みんなが一般化のワナにはまってしまいやすいからなんです。

納得できない答えは「問い方のマジック」にひっかかっているから

教育についての意見に納得できないのはなぜでしょう?

それは、答えを導いた質問が「問い方のマジック」を使っているからかもしれません。

問い方のマジックとは、「あちらとこちら、どちらが正しいか?」という質問のこと。
二者択一問題のことです。

「学校の勉強は、実社会で役に立つか? 立たないか?」

あなたは役に立つと思いますか?
立たないと思いますか?

ヒトは二者択一で質問されると、どちらかが正しいと考えてしまいます。
でも、学校の勉強には実社会で役に立つものもあるし、役に立たないものもあるし、何より環境や仕事、それ以上に個人によって違うはずです。
学校の勉強が役に立つか立たないか、なんていうのは一般化できない問題なのです。

教育の話題では、問い方のマジックに陥らせるような質問が沢山あります。

  • 褒めて伸ばす教育と叱る教育はどちらが良いか?
  • ゆとり教育にするべきか?詰め込み教育にするべきか?
  • イジメをしたら即退学か?反省の機会を与えるか?

これらは全て一般化できない質問です。
状況によって最適な回答は変わりますよね?
こういった一般化できない内容に対して問い方のマジックが使われているので、人の答えは納得できないのです。

あちらもこちらもできるだけ納得できる、第3のアイディアを考えよう

哲学というのは問題を一般化するのではなく、誰もが納得できるような本質に迫る学問です。

例えば、紀元前5世紀ごろに活躍した哲学者 ソクラテスは「恋愛」をテーマにしました。
「気の迷いではない、誰もが納得できるような恋の本質的な意味があるはずだ」と、洞察を繰り広げています。

教育についても同じです。
この本では、一般化のワナや問い方のマジックにはまらないように、哲学的な思想を持って誰もが納得できる「勉強する理由」を提示してくれています。

感想

このタイミングで、この本に出会えて良かったと思います。

「なぜ勉強するのか?」という問いに納得感のある答えを得られたからだけではありません。
一般化のワナや問い方のマジック、第3のアイディアを考えるという姿勢は生きていく上で大切な考え方だと気がついたからです。

生活する中で感じるストレスの大半は、人間関係が原因だと言われています。

「なぜ、あの人は常識はずれなことをするのか?」
「なぜ、子どもは親の言うことを聞かないのか?」
「なぜ、あの国の人は自分たちのことしか考えないのか?」

このような悩みは、自分の経験を基に下した一般化のワナに陥った結果生じたのだと考えます。
「なぜ、私の考えと違うことをするのか?」って。

これに気がつけたって、凄いことじゃないですか?
イライラする原因がわかれば、怒りをコントロールすることもできるかもしれません。
他人を受け入れる下地ができたとも言えます。
私が見ている青空の色さえ、他の人と同じとは限らない。
全員にとっての正解は存在しない

哲学の考え方は、グローバル化が進む世界で、より重要な意味を持ちます。
これまでの経験が全く違う他人と一緒に生活する必要があるからです。
これまでは日本人という、世界から見たら同じ趣味嗜好の集団だけで生きてきました。
それが、アジアだけでなくヨーロッパ、アフリカ、南北アメリカ大陸など、地政学的にもバックグラウンドが異なる人々と関係していかざるを得なくなります。
奪うのではなく、奪われるのでもない。
お互いが納得できる妥協点を探る姿勢こそ、ダイバーシティの根本だと思いました。

本の紹介

「なんで勉強なんかしなきゃいけないの?」――この問いに、絶対的な「正解」はたぶんない。
「いい大学や会社に入るため」「忍耐力をつけるため」「論理的思考力をはぐくむため」……いろいろ答えは返ってくるだろうけれど、どれが正解というわけじゃない。
どれもある程度正しいように思うけど、また同時に、どれもちょっと違う気もしてしまう。
こうした「正解」のない、でもなんらかの「答え」がほしい問題の数々をとにかくひたすら考えつづけてきたのが、「哲学者」と呼ばれる人たちです。
哲学こそが、「正解」のないさまざまな問いに、「なぁるほど、そう考えればたしかに納得できるな」という「納得解」を与えてきたものなのです。
本書では、「なんで勉強なんかしなきゃいけないの?」という問いに、彼ら哲学者たちが(2500年もの長きにわたって! )積み上げてきたものをぞんぶんに駆使して、答えていくことにしたいと思います。(はじめにより)

まとめ

勉強をする理由だけでなく、他者との関わり方についても考えさせられました。

面白かったし、読んでよかったと思えるので、ぜひお勧めしたい本でした。

Camel

こんな人間が書いています。
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