2017/08/162 Shares

『光抱く友よ』あらすじと感想。女性にしか書けない人間関係の悩み

Camel

どうも、流されない男ラクダ@motomotocamelです。
つい先日流されやすい子どもだった頃から、今では流されなくなった理由について書きました
その後すぐに『光抱く友よ』を読んだのですが、出てくる女性達になんと言ったら良いかわからなくなってしまい驚いています。
辛い環境でも逃げることができない彼女達の葛藤にアドバイスできるほど、人生経験も深く考えたこともないのだと気がつかされる本でした。

また、男性には絶対に書けない女性の心理状態の変化がありありと描かれている点も興味深く読んだ要因の一つです。

  • 女子高校生同士の友情が形成され、ある一言で壊れてしまうこと
  • アルコール中毒の母親からの逃げ場を探すために、言葉の通じない外国人に体を差し出すこと
  • その母親を、まるで自分が親になったように看病する娘の心理
  • 自分がヒステリーを起こしていると冷静に分析しながら、ヒステリックに娘に怒鳴りつける母親
  • 女である以上一生悩み続けなければならない、一線を守りたいという気持ち
  • 自分でも理解できないほど一瞬で変化する相手への想い

これらが理解できる男性は、ほとんどいないのではないかと思います。
読み終わった今でさえ、なぜそのような行動になるのかわからない点が多いです。
しかし、確かに女性にはこのような感情があるように感じています。
むしろ、女性自身が理解できない感情こそ、彼女達の行動を動機づけているのではないでしょうか?

高樹のぶ子によって1984年に書かれた小説ですが、『光抱く友よ』は33年経った2017年に読んでも色褪せない魅力があります。
そして、33年経っても未だに同じような悩みがはびこっている社会に対して何かできないかと考えています。

女性の気持ちがわからない男性にも、ぜひ読んでもらいたい『光抱く友よ』を紹介したいと思います。

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あらすじ

奔放な不良少女との出会いを通して、初めて人生の「闇」に触れた17歳の女子高生の揺れ動く心を清冽な筆で描く芥川賞受賞作ほか2編。
サイト 『光抱く友よ』 – 新潮社作品紹介

『光抱く友よ』には、第90回芥川賞受賞作品である『光抱く友よ』以外にも、『揺れる髪』と『春まだ浅く』の2作品が収載されています。
それぞれシチュエーションは異なるものの、女性にしか描けない女性の心理描写がありました。
それでは、一つ一つのあらすじを紹介します。

光抱く友よ

主人公である相馬涼子は、引っ込み思案ながらも平凡な女子高生である。
偏屈な大学教授の父親とツッコミ役の母親に愛されながら、何不自由なく暮らしていた。

そんな涼子の学校に、海外留学から帰ってきたばかりの新任教師がやってきた。
香水の甘い香りや不意にでるスラングに高鳴る胸の鼓動を、「これは恋なのかしら?」。
こんな疑問すらドキドキと楽しむ青春を謳歌していた。

ある日、委員の仕事で遅くなった帰り道に校舎の階段で憧れの教師がクラスメイトの松尾勝美に怒号を浴びせている場面に出会う。
荒れる教師に対して反論も言い訳もせず、ただ諦めた目で「すいません」としか言わない松尾に涼子は興味を惹かれる。
同時に教師に抱いていた淡い想いは苛立ちへと変貌していた。

松尾を助けるために涼子は松尾の母の代わりに手紙を代筆する。
教師への怒りをエネルギーに全力で書いた手紙は、教師を騙しきるのに十分な出来であった。

これをきっかけに仲良くなった涼子と松尾は一緒に遊ぶようになる。
優等生(というか平凡)な涼子と反対に松尾は不良として扱われている生徒であった。
出席日数が足りなくて留年しているため年上ということもあるが、幼い自分とは違い大人の魅力を漂わせる体をしている。
これはアルコール中毒の母親から逃げるために身につけてしまったものであった。

毎週のように家出して泊まり込んだ男の家では、賭け事の対象として売られていた。
「アレをしている間は話さなくても大丈夫だから」と言葉の通じない外国人の彼氏の家に行くこともあった。
それ以外の詳しくは言えない逃げ場もあった。
そんな経験が松尾の色気を形成しているのであった。

松尾の送ってきた人生は涼子とは全く異質の「闇」であった。
異なる経験をしてきた二人は友情を育む。

しかし、涼子の一言によって全ては崩れ去る。
一度崩れてしまった二人の関係は2度と戻ることはない。
友情の終焉までを描いた『光抱く友よ』は、涼子と松尾の永遠の別れを感じさせるシーンで終わる。

光抱く友よ (新潮文庫)

揺れる髪

主人公の時子は、自分の母親に似た勝気な小学生の娘(京子)と二人で暮らしている。
時子が高校生だった頃、病気がちだった母親が亡くなった。
看病疲れから、ホッとした時子だったが罪悪感が消えたわけではなかった。

ある日、京子は家に帰ってくるなり異様なほど自らの手を洗っていた。
10分以上洗った後、暗い顔をして部屋に閉じこもってしまう京子。
時子は心配して声をかけるが、京子は部屋に閉じこもったまま返事をしない。
単身赴任中の父親に代わって育児の全てを担っている時子は、疲れと不安で京子の反応に苛立ち怒鳴りつけてしまう。

翌朝からいつもの京子に戻り、元気になって学校に向かった。
安心した時子は、苛立ちに任せて書いた夫への手紙を送ることをやめる。
夫が海外に一人で暮らしていることへの不安と不満と甘えと苛立ちを書き連ねた手紙だったから。

夕方になって時子が買い物をしていると、小学生のグループが下校しているのが見えた。
ランドセルを持ち合う遊びをしているらしく、男の子は2つのランドセルを背負っている。
時子が何気なく小学生のグループを眺めていると、中心にランドセルでランドセルを持たせているのが京子だとわかる。
訳を聞くと、京子は黙っていたが、グループにいた女の子が自慢げに教えてくれた。
「足を掴んで、おっきなカエルを京子ちゃんが引き裂いたの。凄かったんだから。だからみんなで京子ちゃんのランドセルを持ってあげるの」

家に帰ってからカエルを引き裂いた理由を問い詰める時子。
京子は黙っている。

だんだんとヒステリックになっていくことを理解している時子だったが、それでも感情を抑えることができない。
食卓にカエルを投げ込まれたような気持ち悪さを、全く理解できない京子の行動から感じてしまう。
子供の教育に良くないことも、冷静に分析できる。
それでも、ぬぐいきれない嫌悪感を京子にぶつける時子だった。

翌日、京子は自ら伸ばしていたお気に入りの長い髪を切っておかっぱにすると言い出す。
毎朝京子の髪をセットしてあげるのがおっくうになっていた時子は、喜んでいることがバレないように理由を聞く。
「2つに結んだ髪が、カエルの足みたいで気持ち悪い」
流されてカエルを引き裂いたことは、京子の心にも傷をつけていた。

春まだ浅く

主人公である容子は、恋人の恒夫と愛を育んでいた。
二人とも大学生だが、容子は恒夫の母親に「結婚を前提に付き合っている」と紹介されている。
恒夫の父のお墓へ恒夫と二人で行ったことも、家族の一員として認められているようで嬉しかった。

ある日、高校時代の友人・貴子から連絡がある。
入院しお金がなくなってしまった貴子を、容子は自分の部屋に住むように勧める。
久しぶりに会った友人との、狭い部屋での共同生活が始まった。

容子、恒夫、貴子の関係は微妙なものだった。
恒夫は貴子のことを「だらしがない人」と見ているし、貴子は容子の悩みを「くだらないもの」として感じている。
しかし、貴子は意見を押し付けるわけではないので、容子は不快に思うこともありつつ仲良く暮らしていた。

そんな中、恒夫は容子と最後の一線を越えられないことに不満を抱く。
容子としても自分がなぜ拒否するのか、説明する術がないまま、それでも嫌だという気持ちは揺るがない。
二人は肉体的な繋がりではなく、一段階高い精神的な繋がりを求めていると自分を納得させる。

容子が留守の間に恒夫から手紙が届いていた。
恒夫が貴子と二人で飲みに行ったこと。
酔いに任せて、貴子の体を求めたこと。
最低の人間だと断られたこと。
そして、容子との関係も続けたいこと。
恒夫の手紙を読んだ容子は、扉を開けて外へ出た。

感想

『光抱く友よ』に収載されている『光抱く友よ』、『揺れる髪』、『春まだ浅く』は女性の心理状況を知る上でとてもわかりやすいものでした。

『光抱く友よ』では、逃げ場を確保するために体を売ることや、どんなに傷つけられても母親を見捨てられない気持ちにいたたまれない感情を覚えました。
松尾の家庭環境を知らない涼子の父親から遺伝子の話を聞かされた時、「あんたも母親の遺伝子を受け継いでいるのだから、将来は母親のようになる」と言われた時の松尾の心境も辛いものがあると思います。
そして、友情というものは1つのきっかけで終わりを迎えてしまうものなのだと、気がつかされた小説でした。

『揺れる髪』では、ヒステリーを起こしている間にも、冷静に分析できる人がいるのだと知りました。
もちろん小説の中の話ですが、著者はこのような体験をしたからこそ書けたのだと思います。
子育てを始めたいま、母娘だけでなく父娘の関係や父母の繋がりの参考にしていきたいと感じました。

『春まだ浅く』は学生時代が懐かしくなるような感覚を覚えました。
高校生・大学生と男女の関係性や考え方の違いに悩んでいた昔を思い出しました。
作中で、女性が持つと言われていた「最後の一線を守りたい。これが男を引き止める魅力になる」と本能的に考えるという内容はとても興味深く読みました。
そして、「一線を守りたい」という気持ちは、一線を越えられてもなお、さらに奥に一線を引くこと。
一線を越えられるという不安は女である以上、一生持ち続けなければならないという悩みがあることも知りました。

3作に共通することとして、全て「序破急」で構成されていると思います。
盛り上がったところでフッと終わる作品なので、余韻を感じながら続きを想像し、さらに自分に当てはめて検討してしまう小説でした。

全体的に表現が綺麗で、それでいて女性の心理描写が多い上でセックスに関する記述がありありと書かれています。
エロティクな面も、この小説の魅力だと思います。

Camel

こんな人間が書いています。
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